この傾向の捉え方
今回は、ちょっと塾に関係することから離れ、大きく教育の世界に関する話題について少し考えたいと思います。
静岡県の教育委員会のホームページに、不登校児童・生徒数に関する資料を公開しました。
静岡県/児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査 (pref.shizuoka.jp)
ときどき、新型コロナウイルス感染症の影響で休みが増えたりしたせいで、通学リズムがくずれ、学校に行けない子も増えてしまっているというニュースを目にするので、果たして静岡県もそういった傾向があるのかなと思い目を通しました。
たしかに、長期欠席児童は増えています。平成28年度と比較すると、小学校でも中学校でも人数で1,000人以上増えています。
その中で目を引いたのが、学年別に見た長期欠席児童生徒数です。これは学年が上がるごとに増えていて、中学3年生の人数が一番多いです。
中3ともなれば、自分なりの価値観が生まれる多感な時期なので、そういう結果になるのかなとも思います。
さて、この結果をどう捉えるかが大人の役割となってきます。
一昔前なら、これは判で押したように「問題である」とされ、いかに学校に戻って行かせるかといった対応になると思います。また、学校や学校の先生に問題があり、学校現場への「責任追及」がなされることが多かったと思います。
しかし、元号も令和となった今、そのような捉え方はあまりにも視野の狭いものになっていると感じます。
一口に「学校や学校の先生に問題がある」と言っても、学校現場はいったいこれ以上どうすればいいのか。古い考えを捨てろと言っても、学習環境がそもそも昭和に建てた建物をだましだまし使っている現状を改善しないのに、学校だけを攻めても酷なのではと感じます。
むしろ問題なのは、学校になじめず、長期欠席せざるを得ない子たちの「学校に行く」というのとは別の「選択肢」がまだ十分に整っていないことの方が課題なのではないかとも思います。
令和の時代なのですから、学校だけではなく、別の環境で何らかの充分な教育がなされればそれが子どもたちにとってメリットになるのではないか。つまり、長期欠席もまったく問題にならないような第2、第3、第4…の選択が当たり前のように身近に存在するといった社会が、今の子どもたちに必要なのではないかと思いました。